今も昔もボクにとって一番大切なのはちのとの時間
ちのは時々遊びに来る母親の友達の娘である
いつボクの家に遊びに来るのかは、わからない
ちのに会うのは数ヶ月に一度だったと思う
当時のボクにはすごく長い期間だ
でも・・・・待った
ちのがやってくるのを心待ちにしていた
当時も
ちのといる時間以外の時間なんてどうでもよかった
好きな人といるだけではダメになる
ということも知らずに・・・・・
ボクが園児になると、友達ができた
ボクの近所は物騒であまり表に出してもらえなかったため
保育園に入園するまで友達らしい人はちの以外いなかった
ボクには
「ボクらが楽しければ他のやつらなんかはどうでもいい」
そんな腐った根性があったのだと思う
ボクは彼らの存在を
ちのと会えない時間のための
暇つぶし要員としてみていたのだと思う
ボクの中で彼らは「仮」の友人達
ボクは将来ちのと結婚する気満々だったから
ちのと毎日顔をあわせるようになればトモダチ(仮)
とも会うこともなくなると考えていた
友達に対し少し負い目を感じる
だから今のボクは友達を大切にしているというわけではない
こんなボクの負い目がなくてもボクの友達はいいやつだった
保育園の友達との交流は今でも続いている
ボクの大切な友人だ
園児のときのボクの日課はちのが家に来ないと
自分の中で確認した後に
家を出て友人のところへ遊びに行くというものだった
土日は特に・・・・・だ
それが何回もあったんだと思う
いつの間にかボクは確認をしないようになった
友達の家にすんなり遊びに行くそうになった
ボクが遊び終わり家に帰ってくると・・・
ちのがいた後があった
その日の日曜日はちのが来ていた・・・・。
ボクはアレほど会いたかったのにちの会えなかった
それからボクは一つ学習した
日曜日は家から出なくなった
友達が誘ってもなんだかんだ理由をつけて
家にいるようになっていた
ボクは思う
好きな人に対しては
強くもなれるもなれるけど
周りが見えなくなり弱くもなる
友人ができると
強くはなれても
周りがさらに見えるようになり弱くはならない
多分たくさんの友達に認められている
ボクの友人は
いい人生を歩めると思う
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