2005年12月26日 (月)

最初の約束

ボクらの親は演劇を見に行くのが好きだった

保育園のとき

よく、ボク達はそれぞれの母親と

人形劇を見に行っていた

ジャックと豆の木

醜いアヒルのコ

キノピオ

いろいろ

ボクが4歳の人形劇を見に行った後

帰りの車の中で

ボクとちのは約束をした

将来の約束を

「20になったら・・・」

よく聞く話だと思う

だけどボクはうれしかった

ボクはその約束を守ろうと思った

約束を守ればボクはちのと幸せになれると信じていた

大好きなちのがそんなことを言うのだから

絶対に守ってみせる

そう胸に誓っていた

そのときは

「すき~」

ぐらいしか言わなかったと思う

もっと違うことを言いたかった

だけど

ボク達はキスをした

将来を誓ったキスを

二人の未来のためのキスを

大好きだったからキスを

ボクはそんな約束のキスを覚えている

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2005年12月29日 (木)

ちのに認めてもらうため

ボクは園児のとき

水泳をはじめた

保育園で行ったプールの影響もある

だけど一番は

泳げる人が素敵だといっていたちのの一言だ

早速ボクは

「両親に水泳に通いたい」

そう言った

両親は理由を求めた

ボクは理由は本当のことは言わず

「保育園の水泳が楽しいから」

もっともらしいことを言った

園児でも4,5歳にもなればソレくらいの知恵は回る

両親は意外とすんなりOKしてくれた

ただし、スイミングスクールに通うには条件があった

ボクの通うスイミングスクールには

1~13級までのランク分けがされていた

13級が一番いい

「13級になるまでやめるな」

両親から出された課題だ

13級は一通り泳げて後はタイムだけ組だ

ボクの通うスクールは先生がとにかく怖かった

細い体にギョろとした目のぎりぎりパンツのインストラクター

腕毛がやたらと濃いインストラクター

スパルタとあだ名が付いているインストラクター

どれもこれも幼かったボクには怖かった

共通することは彼ら彼女らはいつも怒鳴っていたことだ

保育園のお遊び水泳大会とは違い

真剣にタイムをあげる

そういうスタイルだった

それが怖くてあまり通いたくなかった

何度か仮病してサボった覚えがある

・・・・・・・・・・・・。

だけど、ちのが遊びに来たとき

「およげるんだ?すごいね!」

その一言がボクに力を与えた

結局このスクールを卒業するまで

小学校5年まで通った

両親との約束を守るために・・・

ただ、ちのの褒めてくれる言葉をききたいがために

スイミングスクールに行ったボク

ちのから褒められたからそれでいい

泳げるくらい普通に生活していれば

何も役に立たない能力だと思っている

そんなボクをスクールに

通わせてくれた両親には本当に感謝している

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2005年12月30日 (金)

「仮」のオトモダチ

今も昔もボクにとって一番大切なのはちのとの時間

ちのは時々遊びに来る母親の友達の娘である

いつボクの家に遊びに来るのかは、わからない

ちのに会うのは数ヶ月に一度だったと思う

当時のボクにはすごく長い期間だ

でも・・・・待った

ちのがやってくるのを心待ちにしていた

当時も

ちのといる時間以外の時間なんてどうでもよかった

好きな人といるだけではダメになる

ということも知らずに・・・・・

ボクが園児になると、友達ができた

ボクの近所は物騒であまり表に出してもらえなかったため

保育園に入園するまで友達らしい人はちの以外いなかった

ボクには

「ボクらが楽しければ他のやつらなんかはどうでもいい」

そんな腐った根性があったのだと思う

ボクは彼らの存在を

ちのと会えない時間のための

暇つぶし要員としてみていたのだと思う

ボクの中で彼らは「仮」の友人達

ボクは将来ちのと結婚する気満々だったから

ちのと毎日顔をあわせるようになればトモダチ(仮)

とも会うこともなくなると考えていた

友達に対し少し負い目を感じる

だから今のボクは友達を大切にしているというわけではない

こんなボクの負い目がなくてもボクの友達はいいやつだった

保育園の友達との交流は今でも続いている

ボクの大切な友人だ

園児のときのボクの日課はちのが家に来ないと

自分の中で確認した後に

家を出て友人のところへ遊びに行くというものだった

土日は特に・・・・・だ

それが何回もあったんだと思う

いつの間にかボクは確認をしないようになった

友達の家にすんなり遊びに行くそうになった

ボクが遊び終わり家に帰ってくると・・・

ちのがいた後があった

その日の日曜日はちのが来ていた・・・・。

ボクはアレほど会いたかったのにちの会えなかった

それからボクは一つ学習した

日曜日は家から出なくなった

友達が誘ってもなんだかんだ理由をつけて

家にいるようになっていた

ボクは思う

好きな人に対しては

強くもなれるもなれるけど

周りが見えなくなり弱くもなる

友人ができると

強くはなれても

周りがさらに見えるようになり弱くはならない

多分たくさんの友達に認められている

ボクの友人は

いい人生を歩めると思う

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2006年1月 6日 (金)

いい子ちゃんを演じるボク

前にも言うとおり4,5歳くらいにもなれば

親の考えなどに左右されやすいが

自分の意思で考えることはできる

ボクはちののことがスキだった

ちのは母の友達の娘・・・

ボクがちののことをスキだってことは秘密だった

なんとなく・・・・・話してはいけないこと

恥ずかしいこと

そんな気がしていた

ちのとは将来を誓ってはいたけれども

それでも

ボクはちのをベタぼれにさせたい!と考えていた

小さくたって男の子なんだ

このときはどうすればちのはボクに

ベタぼれするかわからなかった

今でもわからない

ボクは母がちのの母親と

「子ども(ボク)は面倒のかかるということ」を

電話で話していたことを知っていた

ちのの母からちのへボクのしでかしたエピソードが

事実よりも誇張されて悪いように

伝わっていたことも知っている

 

よく祖母やちのの母が言っていた

「親の言うことを聞いていれば幸せになれる」

そこでボクがちのをベタぼれにさせるためにとった行動は

よい子になるというものだった

よい子になれば褒めてもらえる

褒めてもらえば

ちのの母にも届き

ちのの母からちのへ

ボクがよい子だということが伝わるのではないか?

さらによい子にしていると幸せになれるんだ

一石二鳥

なんて打算的だったのだろうと思う

とは言っても子どもだ

自分の気が向いたときだけしか続かない

危ない橋を渡らないつまらない子どもになっていたと思う

もともとマジメだったから

乱暴なことができなかっただけかもしれない

自分では

よい子のつもりでいたが

母は見事にその穴を付いてくる

ちのの母に告げ口する

その告げ口されるのが恐ろしくて

ボクは母の言うことをできるだけ聞いた

 

ボクにとって母親は母親だったけれども

同時に監視の目でもあった

だが母は仕事や家事、自分の趣味で

ボクのそばにはあまりいなかった

だからそんなに監視されている感じもしていない

よい子でないことには気をつけたいと思ってはいたが

それでも子どもだった

夜のトイレが怖かった

一人ではいけない

ボクの家は昔の日本家屋のような家だった

夜になると

廊下は寒く

使っていない倉庫への通路は

不気味に手をまねいているようだ

トイレはこの通路の先にあった

母はボクがトイレに行きたいという時は

たいてい起きていた

多分、夜の3時4時のときもあったに違いない

いつ寝ているのだろうと不思議に思う日もある

コレではちのの母に告げ口されても仕方がない

ここの家のトイレまでの道のりは

半端じゃなく怖い

ボクの弟は小学校2年になるまで

一人ではトイレに行けなかった

コレが普通だと思う

大人になった今でもそう思う

子どもの頃はさらに背も低い

大人の見る世界よりも

家というのは

大きな世界だ

雰囲気は

誰もいない地下道に似ている

ネズミがいたこともある

ゴキブリが複数でうろうろしていた日もあった

そのうちに子どもは一人でトイレに行けるようになる

いつしか5歳のボクもそのトイレに

一人で行こうと思えるようになった

ちのにいつまでも勇気のないところは見せられない

こんなこといつまでも母親を頼れない

それに毎回起こしてはかわいそうだ

そう思い

はじめて一人でトイレに行った日は

どきどきした

よく途中でもらさなかったものだ

結局、

男の子ががんばる理由は好きな女の子のためである

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2006年1月10日 (火)

20年前の夢

小さい頃は、ボクは

常に

「早く大人になりたい」とか

「必要とされる子になりたい」とか

あんまり夢のないことを思ってた

その理由は

もちろん

何よりも大切な

ちのと一緒にいたい・・・と思っていたからだ

将来一緒にいる

そのためのボクの誓いは

ボク自身に約束をさせるもの

ボクは「一生ちのを守れる男になりたい」と思った

ちのを守る

今の、ちのは迷惑なのかもしれないけど

コレは

ボク自身との約束でもある

ボクはボクの誓った約束を破らない

今でも、ちのを守りたい

なんて青くさいんだと思う

大人になったら

「生活を」

という意味も追加されるからいいのかもしれない

 

だけどちのはボクの存在を無視し続けている

ボクは・・・

・・・迷惑なヤツだ

こんなボクを人はどうみるんだろうか・・・?

 

 

 

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2006年1月11日 (水)

ボクはいつだって泣き虫だった

ボクはいつだって泣いていた

近所のこどもと喧嘩した日

弟に大好きなおもちゃを取られ

けんかになって

母親に怒られた日

いたずらをして

押入れに閉じ込められた日

ご飯を食べたくないと

だだをこねて

父の手で庭に投げ出された日

ボクは泣き虫だ

ただちのが来ていた日は違った

常に

不機嫌そうな顔

ボクは

ちの以外の人に

ボクの気持ちを知られたくなかった

ボクらの恋って二人で秘密を共有しているもの

でも、ちのが来る日

父はボクのことをからかう

「鼻の下伸ばして~~~

うきうきになって~~~」ってね

本当にいやな親父だ

ボクはみんなのいる前では

極力不機嫌な顔していた

たまにボクの家に来るちのから見れば

いつも不機嫌な

泣き虫君

だったのだと思う

本当に

その頃からの過去を直したい

ちの・・・ボクの気持ち

わかってくれよ・・・・・。

それとも、わかっていて何も連絡しないの?

ボクじゃ・・・だめですか・・・?

 

 

 

 

 

 

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2006年1月12日 (木)

ボクはよく逃げ出した

ボクはあの頃も、なるべくちのに会いたかった

ボクは園児のときよく、母方の里に行っていた

ちのは

ボクのばぁちゃんの友達の孫だ

時々、母の里にはちのもやってきていた

その頃のボクは

ボクは母親に

「ちのに会いたい~会いたい~」

よく言っていた

ちのもそうだったという

でも、いつも母から来る答えは

「向こうも忙しいから暇があったらね」

「ちのちゃん風邪ひいたらしいよ?我慢しようね」

だった

家で待つよりかは

母の里にいるほうがちのに会える

確率があるように思えた

だから、

ボクは母方の里によく行っていたのだ

家にいるよりも

ちのにあえる可能性があったから・・・

ただ、それだけの理由で

それが

ボクができる最大の努力だった

ちのの家は車で行かないと

いけない距離にあったから。

ボクの母の実家でちのに会ったときは

遊んだり

一緒にお昼寝したり

風呂、のぞかれたり・・・・

ま、、、いろいろだ

よくおままごとをしていた

ちのは、ボクがままごとをしたくないというと

すぐにすねた

そこが、かわいらしく

ちのとは、同い年だったけど

ボクは面倒を見ている

お兄さん気分だったのかもしれない

ボクは自分で言うのもなんだけど

照れ性だ

遊びの最中

ちのはボクによくキスしようとした・・・

でも、ボクは恥ずかしくて・・・

なかなか自分から・・・ってことはなかった

キスから逃げていた

だからちののキスはボクのほっぺ

でも、ボクにとっては

最高の瞬間だったのかもしれない

その気持ちが伝わっていなかったのだと思うと

最大に悔やまれる

ちのは今

このことを

覚えていない

ボクはただ

気持ちの悪い男

それともコレは

ちのの遊びの一環だったのかもしれない

「20になったら・・・」っていう約束も・・・

大人になったら一緒にディズニーランドに

行こうって言う約束も・・・

ちのが忘れてしまっている以上

変に勘ぐってしまうボクが

いつまでも固執しているボクが

情けない

 

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2006年1月13日 (金)

幸せとはつらいものだ

子どもだろうと大人だろうと恋しているときは

真剣そのもの

それなのに

この恋は子どもの遊びだと軽く見る大人

「子どもが恋だなんて生意気な」

そんなの・・・・

本当にイライラさせる発言だ

こんなことを言う母が嫌いだった

だから、ボクはちのへの想いを

隠していたのかもしれない

 

ボクの両親は子煩悩だった

特に父はよく休みになるとボクの面倒を見た

父だけは

ボクがその頃から

ちののこと好きなんだろうと

知っていた

ちのといるときだけおとなしい

ちのといるときだけ

ボクの顔が赤くなっていたから・・・

だけど、

その恋を応援することはしない

ボクをからかって遊んでいるだけ

それがイヤでイヤでたまらなかった

ちのが来ると

ボクは自然と顔がゆるむ

父がからかうから

ボクはなるべく

しまった顔(不機嫌そうな顔)を

するようになった

ボクの本心なんか誰も知らない

心の中なんてわかるはずもなかった

父は

ボクが家にいることが

気に入らなかったみたいだ

ボクはちのにあいたくて

なるべく家にいたのに

父の目には

ただ

家にいる内向的なヤツに写ったのだろう

父はよくボクを連れ出し

遊びに連れて行ってくれた

ボクは行きたくないというのに・・・

アレは誘拐と変わらない

父が連れて行ってくれる場所は

たいてい

自分のシュミだった

自衛隊の航空祭

お城

ひどいときには泊りがけの登山

ここいらは自宅の近くにはない

だから

最低でも・・・

2,3時間車の中に

閉じ込められている

コレは小学生になるまで続く

最初の頃は

行きたくない

目的地に着いても

帰りたい

泣いていた

そういう態度をそると

よく父に怒られたから

後半にもなると

子どもながらの家族サービス

笑っていた

とりあえずは楽しかったのかもしれないが

ボクは、ちのといれればどこでもよかった

そこにはちのがいない

帰り道

いつものように

ちのと来たかった・・・・

そう思い

ボクは暗い気持ちとなり帰宅する

 

父と母は仲がよい

遊園地や動物ランドへと

連れて行ってくれることもあったが

ふたりともボクのことなんか見ていない

いつも二人の世界

見ていたのならこんなところへ

連れて行こうとはしなかったはずだ

遊園地へ行くのに車で数時間

着いたら

まず、1,2時間かけて遊園地内を

歩くのが定番だった

着いてすぐボクがコレに乗りたいと言っても

「まず、見て回ろう」

たいていこう言う

ボクの意見なんて却下

いやいや行った

遊園地でせっかく見つけた

楽しそうなアトラクション

当時のボクには

楽しいものがあってもおあずけだなんて・・・

何が楽しいのか全くわからない

しかも、

必ずといっていいほど迷子になった

行くたびに迷子だ

それなのに

母は

「いつも、ちゃんと見ていたのに

あんたが勝手にどっかへ行った」

そんなことを言って怒られる

どの口がそんなこというのだろうか?

ボクをいつも見ていたのは

あなたたちが

ボクの前を二人で歩く姿

ボクはあなたたちの

後ろを歩いていた

たまにボクが前を歩くと

あなたたちは進路を変え

ボクは迷子になった

 

まめにいろんなところへ

連れて行ってもらったことには

感謝するが

ボクは遊園地や動物園が嫌いになった

 

散々時間をかけて

着いたはいいが

無駄に

歩かされて

挙句の果てに迷子となり

すぐに帰宅だ

コレならTVゲームのほうがよっぽどいい

 

彼らにしてみれば

退屈そうにしている

子どもを

いろいろなところへ連れて行ってやって

満足だろう

 

ボクはそんな暇があるのなら

もっと

ちのと会いたかった・・・

家族サービスには感謝はするが

そういう不満も

ぽろぽろ出る

ボクが情けない

家族サービスがつらかった

幸せな日々・・・

そんな日々に感謝する反面

大人になった

ボクはちのと遊園地に行きたい

そう思う

 

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2006年1月15日 (日)

園児からの友人は新しい

ちのが好き・・・・。

ちのはボクが記憶のない頃から

知っている一番古い友人でもあります

何で20年想っていると言えるか?

もちろん根拠あります!!

(あぁ・・・この辺が屁理屈言う理系だな・・・。)

ボクの親友とは園児(3歳)から

付き合いの腐れ縁

高校、大学まで一緒って言うかなりのレアケース

園児の入学式の前の日

多分

園児の入園手続きか

入園説明のために

園に訪問したときに

であいました

向こうは覚えていないでしょうがね

そいつが

ボクの中では

新しい友人と認識しているところにあります

それだけ長い期間いるので

兄弟のような・・・

友達のような・・・

ま、そんな感じです

本来なら

コイツは幼馴染と呼ぶべき存在なのでしょうが

ボクの中では

もっと昔から知っていた人が確実にいるので

幼馴染と言う紹介をしたことがないのです

ちのを含めた園児より以前の友人達を

ボクは幼馴染と呼んでいます

その中には

仲良しだったけどいつの間にか

消えてしまった人もいます(言い方ひどいさね・・・)

  

その園児からの付き合いの新しい友人と

会うよりも前から

ちののことがスキだったので最低20年です

ウソ偽りはないのであります!

機会があれば彼との話もしたいのですが・・・

道徳的に人の話を勝手にするのは

どうかと思うので

止めておきます

書けばおそらく・・・こっそり?やっていることが

バレルでしょう・・・

一応、このブログは

ボクの恋愛感

ちのへの想い 

ボクの葛藤

わがまま

だけしか書きたくないので・・・

ちのとのことももしちのが

このブログを知ったら

ショックを受けるかもしれないので

なるべくちのが自分のことだと

認識しないように

書いているつもりです

それにしても・・・アイツとの付き合いも

20年か・・・長いなぁ・・・

 

いつからかは覚えていませんが

ちののことを想わなかった日はないです・・・。

いつもいつも

会いたいと思っています

 

 

  

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2006年1月16日 (月)

動物園での思い出

ちのへの想い・・・・

ボクが園児の頃

ボクの両親は

動物園に連れて行ってくれました

 

たぶん名古屋の動物園だったと思う・・・

 

ゴリラがヅッこけたり

かばが糞撒き散らしていたり

母親に柵に触るな!と注意されたり

迷子になったり

いろいろです。。。

そこで一番記憶に残っているのが・・・

迷子になったボクもとうとう泣きつかれ・・・

やっと両親に見つけてもらった後

それは、

もう日が傾き

動物園が閉まる頃でした

ボクらも帰り支度をしていました

 

すると・・・

回転式の

出入り口の近くには

「キリンの赤ちゃん名前募集」

という

ポスターがありました

 

最近キリンに赤ちゃん♀が生まれ

名前はまだないの!

あなたの思う一番素敵な名前を考えてね!

というようなキャッチフレーズ

 

出入り口周辺には

キリンのいる柵があります

そこには紙と目安箱みたいなものがありました

柵の中の

寂しい細長い木のぞばに

キリンが二頭いましたが

でかくて・・・

噂の

赤ちゃんだったのかどうかは

わかりません

 

両親はボクにも

キリンの名前をつける事をすすめます!

目安箱の向こう側には

夕日が見えます

夕日に照らされ

まぶしいと

父の足元に隠れながら

ボクは

素敵な名前・・・

という響きを聞いて

考えました

ボクの思う最高に素敵な名前を

考えました

いえ、

その名前はすぐにもボクの元へと

降りて来ます

それは・・・「ちの」

ボクにとっての最高に素敵な響き・・・

今、思うと

どれだけ

発想力のないガキだったか・・・・

少し恥ずかしいです

 

すぐさま「ちの」と書きたかったですが

当時のボクのは

ちののことがスキだということは

両親には秘密のつもりでした

照れ屋でしたから・・・

ガキに恋愛なんて必要ないというような親です

それが知れればどうなるか

わかったものではありません

ましてや「ちの」はボクの母の友人の子ども

ボクが絶対に好きになっちゃだめだった人です

 

もし、紙に書けば・・・

両親はなんと書いたか

覗き込むに決まっている

バレル・・・・

4,5才にもなれば

そんな小さな反抗はしょっちゅうです

 

そこで考えたのが・・・

友人の好きなこの名前にしよう!

ということです

動物園のキリンの名前候補に

「まい」と書いて提出しました

園の子が好きなんだろうな

なんて思われても

ボクには痛くもかゆくもありません

「ほら、キリンは舞うでしょ?だからまい!」

両親にはそれとなくごまかしの言葉も加えました

 

ボクの中ではフェイク

そんなひた隠しにしたちのへの想い

 

 

 

 

 

 

 

  

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2006年1月17日 (火)

山にて迷子(前編)

こんにちは

山で迷子になった事のある「ぼな」です

お願いですから

「な~んだ、迷子の前科者かぁ」

とかは言わないでください(泣)

 

アレは3才の夏でした・・・

忘れるはずもありません

その日

ボクらは

田舎に行きました

親戚の家です

関係は祖父の実家だそうです

そこは山麓の農家

ボクは、はじめてこの山に訪れました

ここの畑のばぁ様は

いつも、母の実家のほうに

おいしい野菜をおすそ分けに来てくれていました

今回は

その畑のばあ様が

「野菜のもぎたてあげるからおいで~!」

いうことなので・・・

それに甘え

お野菜を頂戴しに行きました

 

畑に着くと

畑のばあ様は

「好きなのもっていってええよ」

といいます

 

畑のばあ様は

ボクには

「おっっっきいの探しなさい」

しわくちゃの優しい笑顔で

言います

 

このとき初めて

ボクも

野菜を取るのを

手伝いました

 

畑の野菜は

きゅうりにトマト

それに

とうもろこし

そして・・・

ボクの身長よりも大きな大きなつる

もはや密林でした

 

ジャングルを駆け巡る

探索隊気分でした

「目標補足!」

他の野菜は全部大丈夫ということでしたが

とうもろこしは収穫するには

少し早い時期ということだったので

熟しているかいないかの区別がつかず

一つおいしそうなものを見つけると

母や畑のばあ様に

コレは・・・とってもいいかと

いちいち

聞いていました

 

しばらくすると慣れてきて

ズボンに

泥をこすらせながら

ボクは勝手に

畑の

きゅうりやトマト、とうもろこしを

取りはじめます

土の印象が砂場とは違い

やさしい感じでした

 

収穫した野菜は

畑の入り口付近においてあった

かごの中へと

入れられていきます

 

ボクは

いつの間にか

大きなきゅうりを

探すのに

夢中になっていました

 

「コレ・・・・だめ!小さい!」

小さなボクは

妥協を許しません

しゃがみこみ

奥を覗き込むようにして

探します

 

「見つけた!」

もぎたてきゅうりを手に持ち

かごの所へ戻ると・・・

 

誰もいません・・・

かごもありません

「・・・・・?」

      

             続く

 

 

        

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2006年1月18日 (水)

山にて迷子(後編)

畑からおいしそうなきゅうりを見つけ

きゅうり畑から出て来るボク

「・・・・・?」

周囲を見渡す

ボクの知っている人は・・・誰も・・・

いえ、人がいません

「おか~~~さん?」

「おかぁ~~~~~~さ~~~ん」

澄みきった空には

この声を受け止めてくれるだけの

器量はない

どこまでも青い空

ボクは・・・・

畑に独り置き去りにされたみたいです

 

その日ボクは

初めてこの土地の

親戚の人に家に来ていました

畑は

その人の家から

坂を下った

徒歩数分のところにあります

 

畑に誰もいないことに

心細くなったボクは

両親を求めます

ボクは物を

ずっと手に

持ちながら移動することが

嫌いでしたから

手に持っていた

きゅうりをとりあえず

畑付近に置き

みんなを探し始めます

みんなを見つけたらきゅうりは回収するつもりでした

 

きっと、

近くの坂を下った先にある

親戚の人の家に

帰ったのだろうと思い

ボクは

山を下ります

土地勘はないけど

さっき通った道だから・・・

すぐに親戚の家に着くだろう

大丈夫だろうと思っていました

本当は、親戚の家は

坂を上ったすぐ先にあることも

知らずに・・・

 

そこは 

山を切り開いたような

場所で

畑からは

町が一望できました

道路に出ると・・・

最初はそあの町の向こうのほうにボクの家がある

そんなことを思っていられる余裕がありました

 

何分歩いたでしょうか・・・?

親戚の家が見つかりません・・・

せめてもといたの場所の畑に

戻ろうとしたのですが

周りは・・・農村。。。

畑だらけで

どこもかしこも

同じに見えます

 

どうしていいかわからず

道に迷った不安が

生まれ

一歩、足を踏み出すごとに

その不安は成長してゆきました

もはや、半べそです

 

山を下ったり

上ったり・・・

この山村にて迷子です

 

こうなってしまっては

ボクにはなす術がありません

あっちに行こうか

こっちに行こうか

そんなこと考える余裕もありませんでした

 

すると・・・

救いの手が・・・

向こうのほうから誰かやってきたのです

 

知らないおばちゃんでした

ボクはこのおばちゃんは誰だか知りませんでした

 

涙をこらえているボクと

目が合うとおばちゃんは

話しかけてきました

 

ボクはとりあえずここで

迷子になったことを告げました

ボクはこのおばちゃんに頼ることしか

できません

 

するとおばちゃんは聞いてきます

「おうち、どこ?」

 

ボクは回答に迷いました

当時ボクは3才

知っている住所といえば

自分の家と母の実家の住所と

電話番号くらい

ボクが探しているのは

ひいばぁ様の家

家に電話しても誰も出ないことは明白でした

なぜなら、みんなひいばぁ様の家に

集合しているから・・・

留守番電話だなんて便利なものなかったです

 

ボクはそのおばちゃんに一生懸命訴えます

「お里は○○○町、家は△△△町」

3才の子どもと会話・・・は

キミいくつ?

「みっちゅ~」レベルですよ?

ボクには3才の子どもと会話して

聞き出したい情報を

得られる自信はありません

おそらくボクの言いたかったことは

このおば様に

ホトンド通じていなかったと思います

 

ボクは舐めてました

ザ・田舎情報網を・・・

 

おばちゃんの地域住民情報と知識は

すごいこと

すごいこと

あのお方は

ボクがどこの子か

わかってくれてたわけですから・・・

○○○町、△△△町で・・・

同じ村の人の孫の嫁ぎ先を知ってるんですよ?

ひぃばぁちゃんの子どもに何人も兄弟いたり

孫も何人もいるのに・・・・

 

その方に連れられ

ボクの山での迷子劇は

終わりをつけようとしていました

 

もちろんその後・・・

両親にこっぴどく怒られていました

ボクが迷子になったのは

あなた方が勝手に帰ったからです!

「行くぞ!と声かけた」

だの

「畑、見たけどいなかったから先に帰ったと思った」

だの

「勝手にどこかへ行くな」

だの

子どもへ周りに気を配れという

要求はひど過ぎます・・・

 

悪いですが・・・コレのせいで

一つトラウマになっていることがありまして・・・

「山に捨ててくればよかった」とか

「お前は、川で拾ってきた」とかの

父親の冗談発言

本気にして聞いてしまうようになりました・・・

そういう冗談を言う時の父は嫌いです 

 

もちろん

このこともちのの母に電話連絡・・・

ボクの母は

思いっきりストレス発散していた模様

その後、

ちのからは

「戻ってきてよかったね!」

という言葉をもらいました

 

ボクはアホですから

説教の後で

少しふさぎ気味でしたが・・・

ちのの声で元気になり

笑顔で

「うん!」

その日一番のお返事

阿呆です・・・。

多分、そのときの野菜

ちのの家にも送られているはずです

 

今も昔も

ちのは

ボクの元気の源です

 

話は変わりますが

隣のトトロ・・・

あの映画を見ると

少しこの日のことを

思い出してしまいます

 

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2006年3月 5日 (日)

お雛様

ちのの家にもお雛様はあった

ウチにも立派な人形があったがこの時期に飾られる

人形はなんとも・・・祝う人もいて見事に見える

 

園児の頃この雛人形を見ても

感動を覚えなかった

赤い階段に

単に怖い目をした物が並ぶ・・・

といった具合

 

それよりも・・・雛あられが重要

あられにもおいしい部分と

そうでない部分があり

全体ではチョいパス

 

人形を見て

「早く片付けしないの?」

なんて

思ったものだ

 

先日

先日細木数子さんの番組で

雛人形は3月の4日までに片つけるとか言っていたが・・・

 

ボクの住むこの地方は・・・

4月の3日までに収めればいい

と言うことになっている

 

ボクの住む土地は・・・行き遅れたいのだろうか?

土地によってこんなものは違う・・・ハズだ

 

もしちのがそうなっても・・・平気さ~

 

選ばなければボクがいる!

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2006年5月 5日 (金)

2人の出会いの写真

一枚の古びた写真がある
それは
ボクと彼女が最初に出会った日
カメラ好きだったボクの父が撮影したもの

時期は・・・1983年
もう・・・23年も昔になる
 
 
生まれたばかりの彼女を抱き彼女の母は
ボクの実家へと遊びにやってきた
 
ボクの母と彼女の母も
また
ボクらと同じ関係だった
 
ボクの母と彼女の母の母親同士も友人
そんな深い関係
 
母達は
ボクと同じ年の子どもというのもあり
話は盛り上がっていたらしい
 
家には赤ちゃん用のベットなど
2つも無く
母の友人の赤ん坊を寝かせるために
そこに寝ていたボクを
隅へと寄せた
 
薄暗い部屋の
同じベットに寝かされた
丸いボクは彼女を向き眠り
赤い彼女のほうはボクのほうを見て眠る姿
 
それを見た父は
何かの記念だろうと
趣味のカメラをどこからか取り出し撮影
 
同じベットに眠る二人の赤ん坊
そんな記念写真
 
残念なことにボクは彼女に
出会った日のことは覚えていない
 
当時のボクは・・・生まれて数ヶ月
彼女もボクとひと月しか誕生日は変わらない
覚えているわけも無い
 
そんな彼女との出会い
 
思い出の最初のページにすら
入り込まなかった写真
 
自分達の出会いは
人に聞かないとわからない
 
それが・・・ボクらの出会いでした

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2006年9月17日 (日)

お風呂の時間

幼い頃は
父がボクをお風呂に入れてくれた
 
子どもの皮膚というのは大人のそれよりも薄く
温度が低くても熱い・・・
大人にとってちょうどよくても
子どもにとっては入れないくらいのこともままある
 
父との風呂は熱かった
熱い湯だ
なかなか入れない

入ってしまえばこっちのモンなのだが
入るまでが大問題
 
洗面器に入れた湯をかぶり
「あちちちちち」
騒ぐ
水を入れたりかき混ぜたり
ちょっと無理して入ってみたり
工夫はいろいろだ
 
風呂自体は嫌いではなかった
風呂場でしか遊べないおもちゃもあったし
何よりも
ウルトラマンの怪獣ごっこ水辺編ができたから
ボクの家の風呂場には
ゴジラやウルトラマンの人形があった
コレで遊ぶのだ
 
嫌いなことと言えばシャンプー
頭を洗う時が嫌いだった
 
目に入ったら痛い・・・。
ものすごく痛い
シャンプーはイメージが悪い
 
体を洗い終われば
湯につかる
 
ここも熱くて熱くて格闘
 
入った後は
おきまりの
「10数えなさい」
 
肩まで湯につかり
1~10をゆっくり数えれば風呂から上がっていいと言うものだ
数字を覚えると言う教育の一環だったのかもしれないが
熱いものだから早く出たいのがボクの本音
 
だんだん数えるのが慣れるといい加減になっていく
 
そのため
この「10数えなさいルール」は
ボクが4歳になる頃には100になっていた・・・。

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